With me 「明日帰るから……」 多分、それがいつもの合図。 口付けて、触れ合って、熱を交わして……。 そうして、互いに互いを刻み込む。 会えない時間を思って。 温もりを忘れられないように。 身体と心と……その両の隅々にまで染み込んでしまえ―――と、そうすれば叶うかのように。 ただただ、求めるままに抱き合う。 「じゃあね、ルック」 そのひと言を発して、髪を梳いていた節くれ立った指が、そっと離れてゆく。 その言葉の意味を把握していながら、気だるさと昨夜の嬌態の所為で、顔を向けるどころか身体を起こす気にもなれなくて。 「……ん、」 いつもと同じように頷くだけの返事をすれば、暫く佇んだままの彼の気配が背後から離れる。 そして、ゆっくりと扉の取っ手が回る音。 微かにギーッと音を立てて開かれる扉。 静かにぱたんと閉じられたそれが示すのは、隔たれた距離。 深く吐息を漏らして、軋む身体で仰向けに寝返った。 乱れた髪を掻きあげながら、彼の出て行った扉を見やる。 何度繰り返しても、いつもと変わらない。 触れ合った次の日に、彼が帰途に着くのも…。 そして、見送れない自分が、彼の気配が遠去かった後に、こうやって閉じられた扉を見るのも。 全く、変わらない――――――。 この戦争が終わるその時でさえ、僕らはこんな別れを繰り返すのだろうか……。 そんなの……………っ。 起き上がりかけて、はっとあられもない己の姿に気付く。 昨夜の行為の痕も生々しいその有様に、誰に見られてる訳でもないのに気恥ずかしくて、慌てて布団の中に潜り込んだ。 彼の手に触れられるのは嫌いじゃない。 その行為自体も、相手が彼なら……多分、嫌いじゃない。 求められてるというその事実だけで、安心感が得られるから。 ―――好きじゃないのは、自分自身。 素直になれない…想いを想いとして返せない、そんな天邪鬼な自分。 だけど……彼はそのままでいいと言ったから。そのままの僕がいいんだと言ってくれたから……。 彼のその言葉ひとつで、嫌いな自分を許せる気がしている。 「……甘えてる、のかな…………」 そんな事認めたくもないけど。 認めるつもりも毛頭ないけど―――。 もしかしたら……彼を見送れないのは、恥ずかしさの所為じゃなくて。 己から遠去かる彼を見たくないから……? 「…冗談じゃ、ない」 そう、冗談じゃない。 いつだって、気まぐれに現れて、そしてさっさと帰っていくヤツのことなんか……。 そんなヤツのことなんかを、こんな風に女々しいまでに思ってるなんて。 「―――最悪」 + + + 帰るよ―――と声を掛けても、振り向いてくれない。 それは、いっそ見事なまでにいつもと同じで。 つれないにも程があるんじゃないか、とか……そんな風に思う自分が居ない訳ではないけど。 だけど、それが彼なりの照れ隠しなんだと解かってるから、昨夜散々啼かした身としては、拗ねる事すら出来なくて。 「………はぁー」 エレベーターとかいう奇天烈な乗り物に乗って、大きく溜め息を零す。 我が侭だろうということは、解かってるんだけど。 せめて、別れる間際くらい、顔を見せて欲しい……なー、なんて思う。 触れ合えるだけ触れ合って…。 求めるままに差し出されたその躰を、飽く事無く貪って。 それでも、尚且つ、それ以上を求めるなんて、どこまで、自分は貪欲なんだろう。 どれほど、欲すれば気が済むんだろう。 彼に対しての欲は―――それこそ、底がないように思う。 朝も早い時間だから、ホールに到着したエレベーターを降りてホールを一望する場所に立っても、視界に映る人影はなかった。 勿論、当たり前なんだけど……石板前にも。 さっき別れて来たばかりで、それこそ当然の事なのに。 胸にぽっかりと穴が空いたような、飢えた己の心の内を知る。 「………ルック」 遠征メンバーに彼が組み込まれていない時でも。 この石板前に君が佇んで、そして訪ねた(帰ってきた)僕を見て微かに目を眇めるその表情が、結構好きなんだけど。 だって、僕だけに…だから。 他人に興味を抱かない君が、唯一違う表情を見せてくれるのは。 だから………。 そんな些細な事で、僕はかなり浮かれてる。 どうして……なんだろう。 どうして、君でなくてはいけないんだろう。 ただひとつ解かってるのは、君でなければ無意味だって事。 君でなければ要らないって事。 好きだから……。 誰よりも何よりも、側に居て欲しくて。 君さえ居れば……他には何も欲さない。 ―――それだけでいい。 他に理由なんて……要らない。 「―――ルックっ!」 部屋の扉を叩くのもそこそこに開くと、驚いたように振り返る翡翠の瞳。 「っわ! な、何っっ!!」 「あっ、…ごめんっ」 丁度寝台から足を降ろした格好で、だけど、その身体はまだ無防備に晒されていて。思わず、回れ右をして閉じた扉に向かい合う。 ………っていうか、今更じゃないのかな。 そう思い至って、ひとつ咳をしてから、又振り返る。 「なっ、何さ! いきなり! …って、君帰ったんじゃなかったのか!」 慌てて寝台に逆戻りしたらしいルックが、布団を肩口から引っ被った格好で、彼にしては珍しくわたわたと言を繋ぐ。そんなに照れなくてもいいんじゃないか、と思うくらいに真っ赤な顔をしてて。 苦笑しながら、つかつかと寝台に向かって進んだ。 そして、憮然とした表情を隠しもせず睨み付けてくるルックの側に歩み寄る。 「うん、そのつもりでホールまで行ったんだけど…」 ホールで管理者の居ない石板を目にするまでは、帰るつもりでいた。 でも………。 「……やり直したいんだ」 かなり勝手な事を言ってるって、ちゃんと解かってる。 「……は?」 きょとんとして、訝しげな表情を見せるルックに、やっぱり笑みが浮かぶ。 いつもは見せてくれないあどけない表情が可愛くて。 「昨日の夜から―――。」 「………………っ、」 途端にルックの顔が赤らむ。 「…む、無理だよっ!」 やけにむきになってつっけんどんに言葉を返してくる。 「2日も続けてなんて! 絶対無理だからねっ!!!」 「あっ、違うよ…」 慌てて彼が想像したであろうそれを、苦笑混じりに訂正する。 ルックの体力のなさは、ちゃんと知ってるから。 「そんな無理させようなんて思っちゃいないよ?」 そう告げると、 「……どうだか」 心底信用できないというような視線を向けられた。 まぁ、昨夜の事とかそれ以前の別れる前の晩の事とかを持ち出されたら、全く信憑性のない言葉だろうけど、ね。 「―――で、何をやり直したいのさ」 寝台に座ったままのルックと立ったままの僕の高さの違いから、自然とルックが見上げる形になる。 その所為でいつものきつい眼差しが和らいで、その柔らかな面に自然笑みが浮かんだ。 「うん、昨日の夜から…やり直したい。だから、ルックがいいって言ってくれたら、帰るのは明日にする」 「………解、かんないよ」 「うん、そうだね。明日帰るんだけど………今晩、しなかったら―――明日の朝、見送ってくれる?」 そう言うと、澄んだ翡翠の瞳がじっと僕を見上げてくる。そして、驚いた事に、ルックは小さく唇を噛み締めて俯いた。 「……ルック?」 思い切り予想外の態度にうろたえて、その場に膝を着いてルックの顔を覗き込む。 微かに赤くなった目許。 噛み締めた唇が、色を無くしていて。 何故彼がそんな表情をするのか解からなくて、 「………ルック?」 もう一度、今度はちゃんと視線の高さを合わせてから名前を呼ぶ。 そうすると、小さくキッと睨み付けられた。 「……どうして、あんたはそう自分勝手なのさ」 「うん、我が侭だとは思うんだけど…」 だけど、別れる最後の瞬間まで―――側に居て欲しい。 他の誰にも求めないから、君だけが居てくれればいい。 そう告げると、小さく小さく 「……馬鹿」 と返された。 「そうだね」 苦笑混じりに呟けば、次の瞬間にはルックは腕の中に居て。 ……えっ? 「――――――ル、ルック???」 何が何だか解からない、いきなりな状況にあたふたしていると、 「馬鹿でも…いいよ」 そう言って、しがみ付く手が強くなった。 馬鹿でも何でもいい―――。あんたがあんたで居てくれさえすれば……それだけでいいから。 そう、消え入りそうな声音で言われ……。 咄嗟に腕の中に居たその身を、力一杯抱き締めた。 あぁ、もしかして………同じだったのかな。 彼も、僕と同じように…思っててくれた? 都合のいい解釈かも知れないけど。 だけど、君はそんな事絶対に教えてはくれないから。 だから―――。 ただ、ずっとその愛しい身体を抱き締めていた。 ひとしきり、嵐のような抱擁を交わして、自然と感情の波が治まってくる。 そして……ふっと気付く。 確かに胸許から下は、布団に包まれたままだからアレだけど、晒されたなだらかな肩口とか、鎖骨の辺りに薄っすらと残した痕だとか……。 彼の背に回した腕に触れる、その滑らかな感触が……気になって仕方なかったりするんだけど。 「あ……あのね、ルック………?」 腕の中から見上げてくるルックが、やっぱり無茶苦茶可愛くて。 「朝から、そういう格好で縋り付かれると………ヤバイんだけど」 「……何が?」 「いや…ね、だから―――。」 ちゃんと言わなきゃ解かんないのか…。解かんないんだろうな、ルックだから。 っていうか、言ったら言ったで、又怒られるの解かってるんだけど……。 あぁ、まあいいか。 やり直しは今夜から、―――だから。 そう思い至って、にっこり笑って見せれば。 何かを感じ取ったらしいルックが、慌てて身を引き掛けるから、彼の背中に回していた腕で簡単に阻止した。 「教えてあげるねv」 「…いっ、いい! 解かったから、もう、充分解かったからっ!」 顔から項から真っ赤に染めて、腕で引き剥がそうとする。勿論、そんな抵抗くらいで引き剥がされる訳ないけど。 「遠慮しなくてもいいよ? ルックの為なら全然オッケーだし」 「自分の為だろ!」 本気で焦り始めたルックを、そのまま寝台の敷布の上に押し付ける。 「っあ、どこ触って…っ!!! っ、の〜〜〜馬鹿っ!」 「うん、馬鹿でいいってルックが言ってくれたからね? 馬鹿でいるよ?」 そう笑いながら告げると、身体が曝け出されてゆく羞恥の為か、怒りの為か、(多分両方)その面を真っ赤にして、 「―――!!! そういう意味じゃな、いっ!」 大声で怒鳴られた。 + + + 見送れない事に感じていた寂しさは一緒? あんたも、少しでも側に―――そう思ってたって? 離れる事が前提としてあったとしても、それでも求める心は止められないから。 だから、せめて―――。 ほんの一瞬だけでもいいから。 束の間でもいいから、 ―――側に居て。 ...... END
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